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タモリ
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===略歴=== ====幼少期~デビューまで==== 戦中戦後の混乱期にあり複雑な家族関係の家に生まれる。両親については、父は南満州鉄道の機関士であったという。母親は、幼少の頃に両親が離婚してしまったために、母親の実感や記憶がないという。このような生い立ちから、幼少時代にはすでに大人びており、その馬鹿馬鹿しさ故に幼稚園への入園を拒否し、小学校入学に至るまで、毎日自宅の前で人間観察を行っていたという。<br /> トレードマークともいえるサングラスに関しては、小学3年生の時に顔面を損傷する事故で右目を失明したために使用しているもの。得意としている料理も、この頃祖母に習ったものだという。<br /> 福岡市立高宮中学校~福岡県立筑紫丘高等学校を卒業。高校時代には持ち前の器用さを発揮し、吹奏楽部でトランペット兼司会を担当しながらアマチュア無線クラブで活動、さらに居合道場にも通っていた(腕前は二段とのこと)。なお、無線との縁から、中国や韓国のラジオ放送を聴くことができ、これが後に「インチキ外国語芸」へとつながった。<br /> 1965年に早稲田大学第二文学部へ入学。在学中はモダン・ジャズ研究会に在籍し、トランペットを演奏するなど音楽活動に傾倒していた。その後は地元の福岡県で保険外交員や喫茶店従業員、ボウリング場支配人など様々な職を転々としていたが、偶然にも「インチキ外国語芸」がきっかけでジャズピアニスト・山下洋輔と知り合い、ジャズ業界で「伝説の九州の男・森田」として業界で広く知られるようになる。1975年6月に再上京、ここで開催された独演会で[[赤塚不二夫]]先生に高く評価されたことをきっかけに、30歳で芸能界へと転進することとなる。<br /> 独演会直後には赤塚先生が出演するNETテレビ(現・テレビ朝日)『赤塚不二夫の世界』の生放送にそのまま連れて行かれ、インチキ牧師などのパフォーマンスを演じさせられてしまう。しかし放送直後に[[黒柳徹子]]から熱烈なオファーを受け、人生2度目のテレビ出演が『徹子の部屋』となり、そのまま芸能界へと進出した。 ====人気司会者==== 1976年10月から1983年9月までニッポン放送系列の人気深夜ラジオ番組『オールナイトニッポン』に出演、また日本テレビ系深夜番組『金曜10時!うわさのチャンネル!!』『今夜は最高!』などでテレビにも進出し、その人気を不動のものとする。しかし毒のあるキャラクターや発言から度々物議を醸しており、内輪向けの「深夜番組だけの男」と評する向きもあった。これについてタモリは「こう見えて、オレは根が暗いから」など'''根暗'''という言葉で反論し、「戦後最大の'''素人芸人'''」を自称していた。<br /> 一方で、タモリの持つインテリジェンスが司会者・永六輔に評価され、[[NHK]]には不向きといわれていたが、[[NHK]]総合テレビ『テレビファソラシド』や『ウォッチング』にも起用された。<br /> 1982年10月からは『[[笑っていいとも!|森田一義アワー 笑っていいとも!]]』の司会者として、ついに昼間の時間帯にも進出<ref>80年代初頭の漫才ブームを受けて、その出世頭だったビートたけしにオファーが来ていたが、たけしが「自分の芸風は昼番組には向かない」「帯番組だと他の仕事を入れにくくなる」などの理由で断ったため、タモリの起用に至った。</ref>。番組が始まると、テレビ番組司会者としての対応能力の高さやゲストとのフリートークの上手さが改めて評価されるようになり、日本の「お昼の顔」として長年に亘り親しまれている<ref>タモリ自身は、当初は短命な番組になるだろうと予測していたという。</ref>。以降も、人気司会者としての地位を不動のものとしており、上記『[[笑っていいとも!]]』の他にも『タモリ倶楽部』『ミュージックステーション』『世にも奇妙な物語』など、20年以上続く長寿番組を抱えている。<br /> 日本の芸能界では、ビートたけし、明石家さんまと共に、日本のお笑い芸人『ビッグ3』の1人として認められている。 なお、『タモリ論』を書いた作家の樋口毅宏(1971年生まれ)はタモリならではの飄々とした芸風に内在するニヒリズムを見出し「絶望大王」として賞賛している。 ====恩師・[[赤塚不二夫]]の死==== 2008年8月2日に、漫画家・赤塚不二夫先生が逝去した。<br /> タモリのコメディアンとしての才能を見抜き、福岡から上京させて自宅マンションに居候までさせていた赤塚先生の葬儀に際して、タモリは「私もあなたの数多くの作品の一つです。」という内容の弔辞を、約8分にわたり読み上げた。タモリは、手にしていた紙を何度も見ながら時折涙声で弔文を読んでいたように見えたが、実はその紙は全くの「白紙」であった。[[タモリ]]は、自身の最高の芸を披露することで、恩師に感謝の意を表明したことになる<ref>のち、徳光和夫に弔辞のことを聞かれた時には「もう忘れました」と流したという。</ref>。
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