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日本ハム
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==日本ハム(にっぽんはむ)== 大阪府大阪市中央区に本社を持つ大手食品加工メーカー。<br /> 主力商品は、ハム・ソーセージなどの食肉加工製品で業界首位。伊藤ハム・プリマハム・丸大食品とともに日本の食肉産業の一角を担っている。 ===会社概要=== 1949年に徳島県徳島市で「徳島食肉加工場」として創業し、その後「徳島ハム」に改称。1963年に鳥清ハムを合併して「日本ハム」と改名し、1968年に本社を現地に移転した。1973年にはハム・ソーセージ業界の売上シェア首位となる。<br /> 主力製品はソーセージの「シャウエッセン」「ウイニー」、ハムの「森の薫り」など。<br /> 創業者・&ruby(おおこそ){大社};&ruby(よしのり){義規};氏は大のスポーツ好きで知られ、プロ野球「日本ハムファイターズ」([[#ea9cbb33|後述]])のオーナー<ref>没後に背番号100が球団オーナーとして初となる永久欠番となっている。また野球殿堂にも表彰された。</ref>を務めた。また、サッカーJリーグのチーム「セレッソ大阪」立ち上げの際にはヤンマーディーゼル<ref>現・ヤンマー。セレッソ大阪の前身が「ヤンマーディーゼルサッカー部」であった。</ref>らと共に共同出資の一社(パートナーカンパニー)となっている。<br /> ===北海道日本ハムファイターズ=== ====概要==== 1945年、戦前の東京セネタース<ref>戦時中には英語排除により球団名が「翼軍」となる。</ref>の初代監督だった横沢三郎が再興を目指して創設したセネタース(戦後の新規チーム)が草分けである。その後東急、東映、日拓ホームと親会社が変わり、現在の日本ハムになったのは1973年オフ。2003年まで東京ドームをホームグラウンドにしていたが、2004年より本拠地を北海道札幌市にある札幌ドームに移転し「'''北海道日本ハムファイターズ'''」に改名。地域密着のチーム作りに成功し、優勝争いをする強豪に変貌し現在に至る。 ====草創期「駒沢の暴れん坊」==== 「'''セネタース'''」を創設してリーグ戦に初参加した1946年には、大下弘、飯島滋弥、白木義一郎など即戦力選手を揃えていたが、球団の慢性的な資金不足により東京急行電鉄(東急)に売却<ref>横沢は、東急の創業者である五島慶太(「乗っ取り王」「強盗慶太」といった異名を持つ)が東条内閣の閣僚だったためGHQによって公職追放されていたことから、横沢は「戦犯に乗っ取られた」と糾弾して辞任し球団から手を引いた。</ref>。球団名を「'''東急フライヤーズ'''」とした。当時の東急は大東急と呼ばれており、当時取締役経営部長を務めていた大川博がオーナーに就任。1948年には大映が球団参加を表明し「'''急映フライヤーズ'''」に改名するが、大映が別途に球団経営(大映ユニオンズ<ref>後に毎日オリオンズに合併。「大毎オリオンズ」とした。その後「東京オリオンズ」→「ロッテオリオンズ」→「千葉ロッテマリーンズ」となり現在に至る。</ref>)を設立したため1年限りで戻された。1949年の2リーグ分立でパシフィック・リーグに加盟。<br /> 1952年にフランチャイズ制度で後楽園スタヂアム(後楽園球場)を本拠地にする。1953年には駒澤野球場(駒沢球場)が完成し本拠地移転。その奔放なプレイスタイルから「'''駒沢の暴れん坊'''」という異名をとった。なお、駒沢球場は東京[[オリンピック]]の土地整備計画により取り壊され<ref>跡地は現在の駒沢オリンピック公園に該当する。現存する駒沢球場は公園整備時に新設された物件である。</ref>、1962年より明治神宮野球場(神宮球場)を本拠地とした。 ====東映時代・水原イズム浸透==== 1954年に東急は当時傍系企業で大川氏が社長を務めていた東映に球団運営を委託。親会社が東映に変わり「'''東映フライヤーズ'''」に改名した。<br /> 1960年オフに当時[[読売ジャイアンツ]]監督を辞任したばかりの水原茂を大川オーナーは招聘。作戦が功を奏し水原氏は監督に就任する。1962年には水原監督の下で土橋正幸と尾崎行雄の両エースが活躍し、初のリーグ優勝。日本シリーズでも[[阪神タイガース]]を破り日本一。これが東映時代の唯一の優勝となった。<br /> 1964年、国鉄スワローズの神宮球場進出により再び本拠地を後楽園球場に戻す。張本勲、大杉勝男、&Ruby(はくじんてん){白仁天};、&ruby(ぶすじま){毒島};章一ら強打者を擁したものの、「黒い霧事件」や映画産業の斜陽により人気が低迷。1971年にはオーナーを務めた大川氏が死去し、東映はアンチ大川と目された岡田茂が社長に就任。1972年オフに球団を日拓ホームに売却した。 ====日拓ホーム時代・7色のユニフォーム==== 1973年、親会社が日拓ホームに変わり「'''日拓ホームフライヤーズ'''」に改名。当時低迷していたパ・リーグの人気上昇を狙い当時のオーナーだった西村昭孝は「'''7色のユニフォーム'''」を提案し実用化させた。しかし選手たちの評判はいまひとつで、監督だった土橋正幸いわく「ダブルヘッダーの第1試合で勝ったユニフォームをゲン担ぎのため第2試合でも着ようと思っていたら、球団から『せっかく7種類も作ったんだから別のユニフォームで戦ってほしい』と言われた」、千藤三樹男選手いわく「どのユニフォームを着るか選手の間で混乱したという覚えはない」と多様であった。<br /> こうした奇策が失敗に終わったことで西村オーナーはパ・リーグに未来はないと見切り、プロ野球再編問題を巻き起こす。しかし、ロッテオリオンズとの合併が破談となったため、球団経営を放棄し1年限りで日本ハムに売却した。 ====東京時代・大沢親分とビッグバン打線==== 1974年よりチーム名を「'''日本ハムファイターズ'''」に改名。創業当時は[[読売ジャイアンツ]]と同じ後楽園球場を本拠地としており、1988年から東京ドームに移り2003年まで続いた。<br /> 1976年に名物監督となる大沢啓二<ref>名前は選手時代からの登録名。本名は大沢昭。</ref>が就任。1981年には、トミー・クルーズ、柏原純一、トニー・ソレイタらの打撃陣と間柴&ruby(しげくに){茂有};、岡部憲章、江夏豊ら投手陣が噛み合い、19年ぶりのリーグ優勝を遂げた。巨人と日本シリーズで戦い、当時「後楽園決戦」と称された。成績は巨人の4勝2敗。翌年には後期優勝を遂げるもプレーオフで敗れシーズン2位に終わる。<br /> その後は、投打が噛み合わず優勝からは遠ざかり、AクラスとBクラスを行き来する状態となる。1993年に球団常務となっていた大沢氏を再度監督に据え優勝争いに復帰しシーズン2位となるが、1994年に最下位となったため大沢監督は最終戦終了後にファンの前で東京ドームのマウンドに上がって土下座し、謝罪して辞任した。<br /> 1990年代後半にはナイジェル・ウィルソン、片岡篤史、野口寿浩、小笠原道大らを擁し「'''ビッグバン打線'''」と呼ばれる強力な打撃力を誇るが、選手層の薄さが弱点となり好不調の波が激しかった。<br /> こうしたチームの成績の傾向は、後楽園球場・東京ドームの試合日程が読売ジャイアンツ優先で組まれていたために、夏に甲子園球場が使用できない[[阪神タイガース]]の「死のロード」に匹敵する長期遠征を行わなければならないという側面もあった。<br /> なお、80年代から着ぐるみマスコットの常設<ref>1980年にマスコットキャラクター「ギョロタン」を登場させた。1978年頃よりヤクルトスワローズが「ヤー坊」「スーちゃん」を登場させていたがこれらは神宮球場限定の登場だったため、「ギョロタン」が日本球界初の常設の着ぐるみマスコットという説が定着している。</ref>や公式ファンクラブの設立など、他球団に先駆けてファン獲得や観客動員数向上を図って次々と新機軸を打ち出していったことは特筆される。 ====北海道に移転・地域密着のチーム作り==== 2004年に北海道札幌市に移転し、札幌ドームを本拠地としたことから「'''北海道日本ハムファイターズ'''」に改名。<br /> 本拠地移転後は地域密着のチーム作りに成功し、[[新庄剛志]]、稲葉篤紀、[[2004年~2006年のパ・リーグはプレーオフ覇者が優勝扱いだった。なお、2006年の日本ハムはレギュラーシーズンでも1位通過を果たしている。</ref>を果たし、日本シリーズでも[[中日ドラゴンズ|ダルビッシュ有]]ら有力選手を獲得。チームの弱点であった選手層の薄さを改善しつつ、札幌ドームの特徴を生かした守備力重視のチームへと転換し、2006年には25年ぶりのリーグ優勝<ref]]を下して44年ぶりの日本一を達成。優勝インタビューの際のトレイ・ヒルマン監督の「シンジラレナーイ」が流行語となった。<br /> 2007年、2009年、2012年にもリーグ優勝とクライマックスシリーズ優勝を果たし、常勝チームへと変貌を遂げた。<br /> ドラフト会議では「その年の最高の選手を指名する」という理念を貫いており、2010年には「ハンカチ王子」こと斎藤佑樹を獲得した。しかし、2011年には[[原辰徳]][[読売ジャイアンツ|巨人軍]]監督の甥・菅野智之<ref>菅野は日本ハム入団を拒否して野球浪人し、2012年の巨人入りを目指すことを表明。2012年のドラフト会議で巨人から単独で1位指名され入団した。</ref>、2012年にはメジャーリーグ挑戦を表明していた大谷翔平を強行指名し交渉権を獲得するなど物議を醸し、ドラフトへの姿勢に対して賛否両論が入り混じっている。 ====栗山監督時代・大谷翔平の二刀流野球==== 2012年のシーズンより栗山英樹が監督に就任。コーチ経験は皆無だった栗山監督は、掌握術を生かし就任1年目でリーグ並びにCS優勝を果たした。なお、日本シリーズでは巨人相手に2勝4敗で敗退している。<br /> このオフに前述の通りメジャー行きを熱望していた大谷翔平をドラフト1位で指名。度重なる交渉の末大谷は入団を決意し、球団は投手と打者を両立させた「'''二刀流'''」で育成する方針を固めた。<br /> 2013年は投打のバランスが噛み合わず最下位に低迷。2014年は大谷を始めとした若手の成長がチームに勢いをもたらすもソフトバンクとオリックスに水を開けられ3位に終わる。ただCSでオリックスに「下剋上」で勝ち進むが、3勝4敗(1敗のアドバンテージ込み)でソフトバンクに惜敗した。<br /> 2015年もソフトバンクに差を開けられ2位。更にCSではロッテに1勝2敗で下剋上を許してしまう。<br /> 2016年、(当時)首位のソフトバンクに最大11.5ゲーム差をつけられるも、球団新記録となる15連勝で肉薄。9月の直接対決で首位争いを制しこの勢いに乗り4年ぶりのリーグ優勝とCS優勝を果たす。なお、このときの胴上げ投手は大谷が務めた。日本シリーズも25年ぶりのリーグ優勝を果たした広島東洋カープ相手に連敗スタートも、第3戦で大谷のサヨナラタイムリーから勢いに乗り、西川遥輝やブランドン・レアードら打撃陣が奮起し4連勝で10年ぶりの日本一を達成。栗山監督自身も選手、監督時代を通じて初の日本一を経験した。シリーズ終了直後に大谷は「このチームに入ってよかった」と感謝を述べた手記が公表されている。<br /> ===[[久米田康治]]、[[さよなら絶望先生]]との関連=== 本業の食肉製品ではお歳暮商戦ネタ([[204話『ねぶみ小僧の谷』|204話]])など随所に登場している。<br /> プロ野球ネタで描かれる際には、[[楽天#a37d5213|東北楽天ゴールデンイーグルス]]の対戦相手としての登場がお約束となっている。<br /> 所属選手では[[新庄剛志]]、[[森本稀哲]]、[[ダルビッシュ有]]、[[二岡智宏]]がネタにされることが多い。
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