第179話『最後の楽園』
第179話『最後の楽園』
[編集]タヒチのこと。
同題名の作品は複数あるが、映画では1957年の映画『最後の楽園』が挙げられる。南太平洋の島々の取材に基づいたオムニバス映画。ベルリン国際映画祭銀熊賞受賞。
作品情報
[編集]2002年発売、週刊少年サンデー第10号に掲載。17巻1話
P5
[編集]欄外(雑誌掲載時のみ)
[編集]勝改蔵………………………………………絶命!?
[編集]P7
[編集]2~4コマ目
[編集]「残され島です」「まーた最近DVDで見てすぐ影響されてるなとか言われちゃうよ。」
[編集]『未来少年コナン』に登場する島
P8
[編集]5コマ目
[編集]「ライジンオー見れないよ。」
[編集]アニメ「絶対無敵ライジンオー」(1991-92)。毎週水曜日18:00-18:30放送。
P9
[編集]3コマ目
[編集]名取羽美「あっヤ●ギダさん!?」
[編集]フリージャーナリストの柳田大元。
2001年10月にアフガニスタン紛争を取材しようとしたところタリバン政府[1]に身柄を拘束されたが、11月に無事解放された。
帰国後には拘束中の体験についてあまり多くは語らず、タリバン側を批判せず、日本の米国追従姿勢に批判的な発言をしたのが受けなかったのか、収穫に乏しいスタンドプレー的な印象に終始してしまい、国内の反応は冷ややかだった。
6コマ目
[編集]男「気になるね、サッチーミッチー対決。」
[編集]野村克也監督夫人の野村沙知代と、女優の浅香光代の批判合戦。1999年から始まり、ワイドショーを賑わせたのみならず当年の流行語大賞にもノミネートされたが、2001年末に野村の脱税容疑で逮捕され、有罪となったことで終息した。
8コマ目
[編集]おっはー
[編集]SMAPの香取慎吾が『サタ☆スマ』で扮したキャラ「慎吾ママ」の決め台詞。
流行語大賞にもノミネートされたのは2000年のことであった。
Tシャツ「NOMO 11」
[編集]プロ野球選手の野茂英雄。 1995年に近鉄からロサンゼルスドジャースに移籍した時には大きな反響を呼んだ。
矢印のついてる持ち物
[編集]たまごっち
男「カリスマです」
[編集]カリスマ美容師ブームの火付け役となった番組「シザーズリーグ」(1999-2000)に出演していた、美容室「ACQUA(アクア)」の青山正幸。美容師免許の未取得が発覚した。
ギャルが手にしている物「だんご3 」
[編集]「だんご3兄弟」1999年にリリース。90年代のオリコンシングル1位。
P10
[編集]1コマ目
[編集]夏場になると、車中に残されたままの幼児が熱中症で死亡する事件がしばしば起きる。
2コマ目
[編集]実際、コロコロコミックは小学生のバイブルと言われていて、小学生の流行はコロコロの内容で決まっているようなものである。この当時ではポケモン、ロックマンエグゼ、ベイブレード辺りだろうか。
4コマ目
[編集]段ボール「高級万パン 100枚入」
[編集]万乗パンツの項目参照。
5コマ目
[編集]金田一耕助風の男「展開の早さについていけず とり残されちゃってるファンとかが住んでいます。」
[編集]2001年公開のアニメ映画『サクラ大戦 活動写真』のこと。
作品としてのクオリティは高かったが、百見さま向けの内容だったためにキャラクターの説明が省かれがちだった。
P11
[編集]6コマ目
[編集]福袋の中身
[編集]人物が手に持っているのは1971年にトンボ鉛筆が出したノベルティー景品「首チョンパ」と思われる。
スティックの軸を握ると空気圧で先端の首が飛ぶという構造のおもちゃ。首は当時CMキャラを務めていたザ・ドリフターズの顔を模したデザインとなっており、当時の子供たちの人気を集めた。
P13
[編集]4コマ目
[編集]坪内地丹「中身まったく変わっちゃったのに名前だけが残されてるやつとかな!!」
[編集]CCガールズ
[編集]C.C.ガールズの初期メンバーは青田典子、藤森夕子、原田徳子、藤原理恵。
1995年に原田と藤原、1996年に藤森、1998年に青田と、初期メンバー全てが離脱した。
メンバーが抜けるたびに総数が4人組となるように新メンバーが加入していき、1995年に本杉美香と森洋子、1996年に山田誉子、1998年に浜野裕子がそれぞれ加入した。
WANDS
[編集]日本のロックバンド「WANDS」のこと。バンドのメンバーが次々と変わることで有名である。
ASAYAN
[編集]テレビ東京のオーディション番組「ASAYAN」。鈴木亜美(小室哲哉プロデュース)、モーニング娘。(つんく♂プロデュース)などを輩出した。
もとはテリー伊藤が演出していた「浅草橋ヤング洋品店」というバラエティ番組だったが、1995年に「ASAYAN」にリニューアルし、番組後半で「コムロギャルソン」というオーディションコーナーが設けられた。その後テリー伊藤ら「浅草橋ヤング洋品店」以来のメンバーが番組から手を引いてオーディションコーナーを拡大、視聴者参加型のオーディション番組となった。
ファミ通
[編集]元の誌名は『ファミコン通信』[2]。今はファミコンに限らずありとあらゆるゲーム機の情報を扱っている。
マリスミゼル
[編集]ヴィジュアル系バンド「MALICE MIZER」。
Gacktがボーカル(2代目)を担当していたが、1998年に突如失踪し1999年初に正式に脱退。
2000年に新たなボーカル・Klahaを迎えるも2001年末で活動休止した。
「中身変わってるけど名前だけが残る」というのは、このボーカルに関連する経緯のことだと思われる。
現在は、リーダーだった一人のManaが「Moi dix Mois(モワ・ディス・モア)」というソロ・プロジェクト名[3]で活動している。
5コマ目
[編集]久米田先生お気に入りのアニメ『戦闘メカ ザブングル』(1982-83)より。
主人公が搭乗していたザブングルが第25話の戦闘で破壊され新型機ウォーカーギャリアに乗り換えてからは、もう一機残っていたザブングルは脇役メカとなり出番が大きく減った。
当時番組スポンサーだったクローバーによると、ザブングル2機で変形合体させる予定であったが、監督人事の変更などで作品がSFから西部劇調の設定に変化したため、冨野監督以下製作陣はザブングルよりも世界観に合ったデザインのウォーカーギャリアを推した経緯があった。
ちなみに80年代のロボットアニメで半ば定番化した劇中での主人公機の交代は、ザブングルが最初に行ったと言われている。なお、ザブングルの後継にあたる新型機「ブラッカリィ」の出番は多め。
古谷三敏の漫画『ダメおやじ』より。1970年-1982年まで週刊少年サンデーに連載された。
連載前期は何をやってもさえないダメおやじこと雨野ダメ助の、周囲から虐げられて哀感溢れるオチ役となる有り様を描いたバイオレンス&ナンセンス悲喜劇だった。ダメおやじの過激なやられっぷりはギャグを超えたトラウマ級のインパクトを発していたが、連載中期から方針転換をしたことでダメおやじのどん底人生は大きく変わり、バイオレンスはほぼ消えてほのぼのとした作風へと変わった。
アイスホッケーやらないのにアイスホッケー部なんてのもありました
[編集]『行け!!南国アイスホッケー部』のこと。
6コマ目
[編集]坪内地丹「MDラジカセ」
[編集]MDが録音・再生できるプレイヤー。
「カセ」は「カセットテープ」の略なので、MDラジカセでは聞けない。
なお、「ラジ」は「ラジオ」の略なので、これもMDラジカセでは聞けない場合がある。
P19
[編集]2コマ目
[編集]つまりサイみたいなもんだね。
[編集]ほったゆみ原作、小畑健作画の漫画『ヒカルの碁』に登場する藤原佐為のこと。
P20
[編集]コマ目
[編集]欄外(雑誌掲載時のみ)
[編集]意識は戻ったけど、改蔵を普段の生活にどうやって戻すかが、これからの残された課題だよなぁ…
[編集]かゆいところ
[編集]
コメント欄
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