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	<title>二岡智宏 - 版の履歴</title>
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		<title>川口ゲン: ページの作成:「&lt;!-- &amp;tag(人物,スポーツ,プロ野球,二岡智宏,読売ジャイアンツ,日本ハム); --&gt;  ==二岡智宏（におか ともひろ）==      {| class=&quot;wikitable…」</title>
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		<updated>2021-03-05T00:25:55Z</updated>

		<summary type="html">&lt;p&gt;ページの作成:「&amp;lt;!-- &amp;amp;tag(人物,スポーツ,プロ野球,二岡智宏,読売ジャイアンツ,日本ハム); --&amp;gt;  ==二岡智宏（におか ともひろ）==      {| class=&amp;quot;wikitable…」&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;b&gt;新規ページ&lt;/b&gt;&lt;/p&gt;&lt;div&gt;&amp;lt;!-- &amp;amp;tag(人物,スポーツ,プロ野球,二岡智宏,読売ジャイアンツ,日本ハム); --&amp;gt;&lt;br /&gt;
==二岡智宏（におか ともひろ）==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{| class=&amp;quot;wikitable&amp;quot;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|~生年月日&lt;br /&gt;
|~出身地&lt;br /&gt;
|~職業&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|1976年4月29日&lt;br /&gt;
|広島県三次市&lt;br /&gt;
|プロ野球選手→コーチ&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
広島県出身のプロ野球選手。現役時代は[[読売ジャイアンツ]]、[[日本ハム#ea9cbb33|北海道日本ハムファイターズ]]でプレーし、長打力と小技とを組み合わせた柔軟かつパンチの効いた打撃でファンを魅了した。&amp;lt;br /&amp;gt;&lt;br /&gt;
プロ通算成績は、1457試合出場、1314安打、173本塁打、622打点、通算打率.282。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===略歴===&lt;br /&gt;
====プロ入りまで====&lt;br /&gt;
広島県広陵高校時代から頭角を現し、近畿大学に進学。&amp;lt;br /&amp;gt;&lt;br /&gt;
大学では1年時からレギュラーとなり、7期連続ベストナイン、関西学生野球連盟リーグ通算歴代1位の13本塁打、歴代2位の通算112安打を記録。近畿大学が史上初のアマチュア五冠という快挙達成の原動力となった。この活躍により注目され、二岡の獲得を巡って地元球団の広島東洋カープのほか、[[阪神タイガース]]、[[読売ジャイアンツ]]が争うこととなった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
====巨人軍の中心選手====&lt;br /&gt;
1999年、[[読売ジャイアンツ]]に2位逆指名（当時）で入団。&amp;lt;br /&amp;gt;&lt;br /&gt;
プロ入り1年目早々、当時レギュラーだった[[川相昌弘]]からショートのレギュラーポジションを獲得し大活躍。しかし新人王には当時チームメイトだった上原浩治（現・ボストン・レッドソックス所属）が獲得している。&amp;lt;br /&amp;gt;&lt;br /&gt;
2000年は前半を故障で出遅れるも、この年の9月24日にリーグ優勝を決めるサヨナラホームランを放った。2002年には二番打者として定着し、チーム内2位の24本塁打を放つなど巨人のリーグ優勝に貢献。同年秋の西武ライオンズとの日本シリーズでは、シリーズ史上初の3戦連続猛打賞と5打席連続安打に加え、第3戦では満塁本塁打を放つなど4試合通算で19打数9安打5打点の大活躍でチーム日本一に貢献、日本シリーズMVPに輝いた。翌2003年は自身初の全試合出場とリーグ最多の573打数を記録。打率でも初の3割越え、自己最多の29本塁打、67打点、14盗塁を記録してベストナインを受賞。充実したシーズンとなった。&amp;lt;br /&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
翌2004年は怪我により満足な成績を残せなかったものの、2005年には2度目の3割達成、2006年には自己最多の26本塁打を放った。以降も小技と一発の両方を対戦相手に警戒させる柔軟な打撃と、俊足と強肩を生かした華麗な遊撃守備とで活躍していた・・・。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
====不倫騒動、そして粛清====&lt;br /&gt;
2008年に第15代ジャイアンツ選手会長に就任。しかし2008年開幕戦でふくらはぎを痛めた下半身の故障により開幕直後に怪我で二軍落ちしてしまう。更に二軍調整中の2008年7月6日に、フリーアナウンサーの[[山本モナ]]と合コン後にラブホテルに出入りしていたことが明らかになった。復帰直前と目されていた最中の出来事だったため、これにより一軍復帰も急遽見送られた。この間に遊撃手の位置は若手の坂本勇人に奪われるなど、不本意なシーズンに終わってしまう。&amp;lt;br /&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
巨人側は（特に渡邉恒雄代表取締役会長が）このような事態に対し激怒。二岡は林昌範とともに交換トレード（交代要員はマイケル中村と工藤隆人）で[[日本ハム#ea9cbb33|北海道日本ハムファイターズ]]に移籍させられた。巨人の選手会長の任期1年での解任と現役選手会長がトレードに出されたのは、共に球団史上初めての事であり、まさに「&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;粛清&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;」といえるものであった。&amp;lt;br /&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この不倫発覚を受けて元・巨人の[[王貞治]]氏（当時[[ソフトバンク#u20a9f1e|福岡ソフトバンクホークス]]監督）は、「（プロ野球選手、しかも巨人軍の選手たるものが）9800円のホテルに行くのは、いかんわな」とちょっとズレたところで激怒していた。&amp;lt;br /&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
====代打の切り札として復活====&lt;br /&gt;
[[日本ハム#ea9cbb33|日本ハムファイターズ]]移籍後は、脚の故障などもあって、内野手としての出場機会は減ったものの、DHもしくは代打で活躍した。代打の打率は例年3割5分から4割近くに達しており、ここ一番の勝負強さゆえ移籍後も人気は高く、2度オールスターゲームにも選出されている。晩年も、無表情のまま打席に立って鮮やかにヒットを決める代打の切り札として存在感を示し、2009年と2012年の2回のリーグ優勝に貢献した。&amp;lt;br /&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2013年は両脚の故障もあって出場期会が減少、同年限りで現役引退した。真ん中の脚のせいで人生を棒に振り、両脚の故障が原因で引退するとは、なんとも皮肉なものである。&amp;lt;br /&amp;gt;&lt;br /&gt;
==== 引退後====&lt;br /&gt;
かねてから[[原辰徳]]監督が二岡は巨人の功労者であると語るなど、その才能は巨人側からは粛清移籍後も高く評価されおり、2014年は古巣巨人の計らいでアメリカ・メジャーリーグのマイナー球団でコーチ修行を行い、2016年から正式に巨人に復帰、二軍打撃コーチに就任。2017年からは一軍打撃コーチに就任した。しかし、2018年シーズン終了後、高橋由伸監督の辞任とともに巨人を退団。2019年からは独立リーグであるベースボール・チャレンジ・リーグの栃木GRNサンダーバーズ監督に就任。&amp;lt;br /&amp;gt;&lt;br /&gt;
2020年、三軍の総合コーチとして巨人に復帰、8月1日からは三軍監督に就任した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===[[久米田康治]]との関連===&lt;br /&gt;
====[[さよなら絶望先生]] 作品内にて====&lt;br /&gt;
[[山本モナ]]との不倫騒動でネタにされている。さらに[[181話『ウィルス将軍と三人兄弟の医者』|181話]]では、同じく巨人を追われた元・同僚の&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;[[仁志敏久]]&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;と間違えられてしまった。[[187話『誤字院原の敵討』|187話]]や[[188話『かぶったさんのカレーライス』|188話]]ではこのミスをネタにしている。&amp;lt;br /&amp;gt;&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>川口ゲン</name></author>
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